バスに乗って、辿り着いたのはちょうど日が暮れたころだった。
坂道をゆっくり、登っていく。あたりは、みるみるうちに表情をかえていく。
「ええとね、生まれたのは法然院。銀閣寺とか、法然院のある北の方––」
すこしだけ息があがっていく。
吐く息が、かすかに白む。
なにか、生きものの鳴き声がした。聴いたことのない、声だった。
町の、窓という窓が、灯っていく。
坂を降りていくと、小川がささやかに流れていく音がする。家の断片が、光っている。知るはずもない、だれかの記憶へ潜っていこうとしても、それには限界があることも、もちろん知っている。見えている家々の内側のことを、ぼくは知ることはできない。ただ、工事中の赤色の点滅が、どういうわけか賑やかに見えて、うれしかった。