MUM & GYPSY 10th anniversary year

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——『IL MIO TEMPO』という作品は、イタリア人俳優4人と日本人俳優4人によって構成されています。まずはこうした作品が製作されることになった経緯から伺えますか?

 

藤田 今から5年前にフィレンツェで『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて』という作品を上演したんですけど、それがマームとジプシーにとって初めての海外公演だったんですね。自分で言うのもどうかと思うんですけど、その作品が好評だったんです。公演が終わったあとにイタリアのディレクターとミーティングをして、「いつかイタリア人の俳優と作品を作って欲しい」って話をされて、僕からも「いつかイタリア人の俳優と作品を作りたい」って話をした記憶があるんです。それで、2014年には『てんとてん』という作品でイタリアの北部から南のシチリアまでツアーをしたんですけど、そのとき一つ一つの町でワークショップという名のオーディションをしたんです。そこで出会ったのが『IL MIO TEMPO』に出演している4人の俳優で、その4人と、僕が連れて行った日本人の4人とで創作が始まったのが2年前です。

――それが2015年の、まさに“夏の終わり”だったわけですね。滞在製作をしたのは、フィレンツェにほど近いポンテデーラという町でした。

 

藤田 そうですね。ポンテデーラには国立の劇場があって、そこで『てんとてん』も上演したんですけど、その劇場は宿泊施設もあるんですよね。そこに泊まり込んで製作しました。

 

――外国人とクリエイションするのは、それが初めての経験だったんですよね?

 

藤田 だから、結構緊張しましたね。あのときは『cocoon』の再演を終えたばかりで、結構疲れてたんです。イタリアの皆とやるってこと以上に、「『cocoon』という作品を終えたあとに、どうやって人と関わればいいんだろう?」って、そういう根本的なところで緊張してたんです。『cocoon』は戦争というものを扱う作品で、モチーフとして大きなものを描いたあとに、それ以前にマームとジプシーがやっていた人との関わりかたに戻れるのかってことに漠然とした不安を抱えながらイタリアに向かったのを憶えてますね。イタリアに向かうときはまったく眠れなかったです。どうやってイタリアの皆と話そうかってことをずっと考えてたんですよね。僕は英語もできないし、イタリア語もできないから、僕の言葉は伝わらないんだけど、言語の問題というよりは「どうやって人と話をしようか」ってところで不安だったんです。

 

――実際に創作する段階では通訳が入るわけですけど、藤田さんに限らず、俳優の皆もそんなに英語が話せるわけではないですよね?

 

藤田 でも、不思議と伝わってくるんですよね。『IL MIO TEMPO』に関して言うと、僕が書いたテキストは少ないんです。細かいシーンも含めて、皆にインタビューした内容から作っていて。インタビューした質問はシンプルで、「今まで生きてきて一番痛かった経験は?」とかそういうことだったんですけど、そうすると自転車で事故に遭ったみたいな話が多くて、それで自転車を漕ぐシーンが生まれたり。あと、イタリアのタイム感ってあるんです。休憩は基本的に2時間とか、コーヒーを飲まないと目覚めないとか。そういう感じがあるから、とにかく皆と一緒にコーヒーを飲む時間と、あとは一緒に料理をする時間に稽古と同じぐらい時間をかけてたんですけど、そうするとコミュニケーションを取れるような感覚になってくるんですよね。

――藤田さんのクリエイションとして、インタビューから作品を立ち上げるのは結構珍しいことですよね。それともう一つ、『IL MIO TEMPO』の場合、2015年の滞在製作のときは皆と一緒に散策したり、藤田さんまで一緒にジョギングしたりしてましたよね。あれはかなり珍しいことですよね。

 

藤田 そうそう(笑)。ジョギングは結局数日でやらなくなったけど、でも「一緒にジョギングをする」って決めてたり、意気込みがありましたね。

 

――そうして2015年の滞在製作があり、2016年の秋になると今度はイタリアの皆を招いて、今日と同じく彩の国さいたま芸術劇場の大稽古場でワークインプログレスという形で発表をし、今年の9月下旬からまたイタリアの皆に来日してもらって上演に向けた作業が再開されたんだと思います。そうして上演された今年の『IL MIO TEMPO』を観ていると、かけがえのなさみたいなものを感じるんです。これは別に、ハートウォーミングな話がしたいわけではないんですよね。僕は普段そんなことを思うような人間ではないのに、この作品を観ているとそんなことを思わざるをえないところがあるんです。それは一体なぜなんでしょう?

 

藤田 なぜなんですかね。僕も作品づくりにおいては「しっかりクオリティを高めていく」みたいなところで作ってるはずなんだけど――橋本さんが言ってることとはまた違うかもしれないけど、僕も近いことを思ってるような気がしてるんですよね。たとえば皆がダンスをするシーンとか、皆が海を眺めるシーンとか、ああいうのは日本人だけのマームとジプシーの作品では描かない気がするんです。でも、彼らだと描けちゃったんですよね。

 

――皆がダンスをするシーンだと、アンドレアのモノローグがあるにせよ、他の皆は言葉を交わすことなくただ踊っているだけですよね。あと、海のシーンでも、ほとんど言葉を交わさず、わずかに交わす言葉にも字幕は表示されません。

 

藤田 そこに「彼らが話すイタリア語がわからないから描けた」とかって言い訳は成立しないと思うんです。彼らが話している言葉は、全部台本に書いていることだから、僕の中では意味も全部わかってるんですよね。ただ、彼らを見ていると、そういうシーンが自然と出てきたんです。かけがえのなさみたいな言葉について言うと、彼らと出会わなければ作らなかったシーンを作ったし、それを漠然と連続させるだけでこういうニュアンスになるんだってことに気づけたんですよね。そのことは僕の中でもまだ咀嚼しきれてないですけど。

――観客である僕が『IL MIO TEMPO』という作品にかけがえのなさを感じたというのは、この作品を作っている藤田さんが、この作品の出演者たちと過ごしているときに視線を注いでいるときにかけがえのなさみたいなものを感じたからじゃないかと思うんです。今回イタリアの皆が来日したあと、皆でバーベキューに出かけたり、役者の皆だけで築地と浅草に観光に出かけたりしてましたよね。クリエイションの現場と違って、そこには通訳できる人は誰も入らなかったですよね。でも、別に皆の言語レベルが格段に上がったというほどでもないのに、そこで一緒に時間を過ごせている。そういう皆の姿を目の当たりにして、藤田さんも何か思わざるをえなかったんじゃないかと思うんです。

 

藤田 そうですね。一緒にいるときって、日本語でも英語でもイタリア語でもない言語でしゃべっている感覚があるんです。僕らはいろんなラインの中に生きていて、いろんなラインを引きたがるし、この企画が終わればまた隔てられるのかもしれないけど、彼らを見てると「そのラインはそもそも必要なものなのか?」と思うところはある。だから自分にはなかった言葉が思い浮かんでくるのかもしれないです。ただ、最初のうちは『IL MIO TEMPO』に対してドライな気持ちでいたんですよね。

 

――「最初のうちは」というと?

 

藤田 2015年、最初に『IL MIO TEMPO』という作品を始めた頃ですね。さっきも言ったように、初めて海外で僕の作品を上演したのは2013年で、28歳のときだったんですね。そのときに、自分の作品を海外ツアーにまわすことは今後もできるだろうなって感覚はあったんだけど、今回の台詞にもあるように「それは本当に旅をしてるってことになるんだろうか?」ってことを考えたんです。日本で作った作品を海外の人たちに観せて、「これがマームとジプシーです」って紹介を各地でする。それはでも、本当にその土地の人たちに出会っていることになるんだろうかってことを考えたんですよね。だから僕は、現地の俳優と一緒に作品を作れるキットを作ろうと思ったんです。

 

――ドライな気持ちでいたというのは、そういう意味ですね。『IL MIO TEMPO』という作品はいわば一つのシステムであって、これと同じように各地の俳優にインタビューをして、そこに藤田さんが編集を加えることで作品が立ち上がるという。

 

藤田 そう。そういうキットがあれば、いわゆる旅公演とも違う、現地で作って現地の人たちに観せる旅ができるんじゃないかと思ったんです。そうやって『IL MIO TEMPO』を始めたんだけど、今言ったこととは別の感情が芽生えたんだと思います。この人たちに出会ったことで、ラインだらけだったこの世界の中で、そこにはラインも何もないようなあっけらかんとした時間があるように感じる。それは特にダンスのシーンですよね。ダンスとか、何でやらせようと思ったのかわからないんですよね。

――……自分で作っておきながら?

 

藤田 アンドレアの台詞にある通り、「何でこの人たちは踊ってるんだろう?」って、僕が踊らせてるのにって思うんです。「なんか踊ってるな」とか「なんか楽しそうだな」とか――そう、楽しいみたいな感情ってマームにありましたっけ?

 

――ほとんどなかったんじゃないですか? 少なくとも稽古場で、藤田さんの前で楽しそうに過ごしてる人はいなかった気がします。だって、楽しそうにしてる人がいたら「何で楽しそうにしてるわけ?」とかって言うでしょう?

 

藤田 なっちゃうよね。こういう話をするから、またそういうイメージを持たれちゃうんだけど(笑)。

 

――でも、踊っている皆の横でアンドレアが「こうして踊っているこの時間は一体何なんでしょう?」と語るシーンはすごく印象的ですね。あるいは、海辺のシーンだと、アユミが皆の写真を撮ったあと、アンドレアが「写真を撮ったところで それは『記憶』として残るわけではない」「記憶はアタマのなかにだけあるもので そしてそれはやがて 薄れていく」ということを語ります。目の前の風景にかけがえのなさを感じることと、そんな風景もやがて消え去って記憶からも失われていく、この楽しそうに見える瞬間が何だというのだろうという二つの感覚が、藤田さんの作品の中では分かち難く結びついているように思います。

 

藤田 舞台で行なわれる、写真を撮るとか、踊るとか、料理をするとかってことは、極めて生きようとしている方向に振れてるじゃないですか。だから、アユミが言ってる「こんな世界で生きている理由ってなんだろう」という台詞は矛盾してるように思われるかもしれないですけど、人ってものすごい矛盾の中に生きているような気がするんです。写真を撮っていても、料理をしてても、踊っていても、明日には確実に死んでいる可能性もある。その微妙な振れ幅のことを最近はすごく考えるんです。あと、人には今生きている時間の他に記憶というレイヤーがあって、生きてる限りはその記憶ってものと付き合っていくしかないんだけど、生きることをやめたら記憶はたぶんなくなるわけですよね。そういう、ひたとくっついているようなことを、僕はどの作品でも語りたいんだと思うんです。イタリアの皆は月曜日に帰国するけど、皆と過ごしていると、この稽古やこの作品のことも薄れていくんだろうなと思うんですよね。今日観にきてくれた皆さんも、興味を持って僕の話なんか聞いてくれてるけど、明日からは薄れていく作業に入っていく。演劇なんていうのは1時間半なら1時間半だけの現象で、それはホテルっていう場所と――一時的に滞在するだけの場所と――あんまり変わらないんじゃないかと思ったんです。

――今年の『IL MIO TEMPO』の特徴として、ホテルで働いている人たちの情景が増えましたよね。去年は泊まりにきたお客さんたちの時間を中心に構成されてましたけど、今年は従業員たちの日常も時間を割いて描かれています。

 

藤田 そうですね。僕は年がら年中劇場って場所に自分の世界を広げて、こうやって観客の皆さんを招く仕事をしてるわけですけど、それは人を出迎えて見送る仕事でしかないんじゃないかと思ったんです。僕はいろんな劇場を旅してるんだと思ってたけど、いろんな人を出迎えてるんじゃないかと思ったんですよね。僕は作家だから舞台に出ないけど、役者さんたち――彼らは言葉の出口になる人たちだと思ってるんだけど――は、1時間半なら1時間半、観客の皆さんと直接的に関わるわけです。「もてなす」みたいな言葉は大嫌いだから、そういうことでは全然ないと思ってるんだけど。劇場を開けてお客さんを招いて、上演時間が終わるとまた見送る。それを従業員として繰り返しているのが役者さんなのかもしれないなと思ったんです。そういうことを考えると、僕が『IL MIO TEMPO』という作品でホテルという場所を描こうとしてることがすごく整理がついたんですよね。それで人が行き交うホテルという場所にただ居続ける人たちの台詞がおのずと増えたんだと思います。

 

――去年との違いということで言うと、家族というもののつながりが薄くなりましたよね。ホテルで働くアンドレアのもとに、血の繋がらないアヤという妹が訪ねてくる。それは去年からある設定ではありますけど、距離感がずいぶん違いますよね。はるばる会いにやってきたアヤに対して、アンドレアは第一声で「なぜここに来たの?」とちょっと迷惑そうにして、一悶着あります。

 

藤田 何だろう。家族ということに対して、個人的に疲れてきてるっていうのが一番あると思います(笑)

 

――作品の中であんなに家族を描いてきたのに?

 

藤田 今年の夏にツアーした作品の中に、一つ大きい作品として家族を描く作品があったんだけど、それをいろんな町で観るたびにわかんなくなったんですよね。自分の家族のことを描いてきたつもりなんだけど、作品の中で皆が僕より達者に話すから、もう誰の家族なのかわかんなくなってきて。しまいには「家族って何なんだろう?」ってことを思うようになって、家族というものと距離をおき始めたのがこの夏でしたね(笑)。それで、「もう家族とかじゃないな」と思い始めたんです。これは言葉で説明できることじゃなくて、今の自分がそういう時期なんだと思うんですけど。

 

――そうすると、これから藤田さんが描く作品も変わってくるかもしれないですね。

 

藤田 だと思います。でも、そうやって自分の今のコンディションみたいなことも劇作家は描いていい気がするんです。だから今この時間に上演するって媒体で表現してるんだと思うんですよね。今の僕はやっぱり、家族と過ごしている時間よりも、イタリアの皆と過ごしている時間のほうが「家族だな」と思うんです。

 

――そんなに言葉が通じないとしても?

 

藤田 言葉が通じないとしても、こっちのほうが家族なのかもしれないなと思ってるんですよね。家族って言い方はちょっと恥ずかしいけど、家族よりも家族だと言える存在っているじゃないですか。それは恋人みたいなこととも全然違うんですけど、この秋にそういう人たちとまた再会できて良かったなと思ってます。

――今年の『IL MIO TEMPO』について、どうしても語っておきたいシーンがあるんです。作品の終盤に、カミッラとジャコモが別れたあと、場面がパッと切り替わって「第一次世界大戦中 イタリア領マッジョーレ湖」とジャコモが語り出すシーンがあります。そこでカミッラとジャコモはスイス領を目指してボートを漕いでいるわけですけど、あれは今年あたらに付け加えられたシーンで、ヘミングウェイからの引用ですね。

 

藤田 そうですね。ヘミングウェイの『武器よさらば』です。イタリアの皆と出会ったワークショップをやっていたのはイタリア北部のメイナという町で、会場はマッジョーレ湖のほとりにあったんです。『武器よさらば』は、最後のシーンでイタリア領からスイス領に向けてボートで漕いで、とにかく国境を越えるんです。今年の『IL MIO TEMPO』は、そのシーンを抜き取って描いてみたいと思ったんですよね。

 

――それはなぜ?

 

藤田 この3年間、ジャコモの役が結構謎だったんですよね。何で自分はジャコモに旅人の役を執拗にやらせようとしているのか、ちょっと考えてたんです。それで、今年の夏にツアーしてるとき、ヘミングウェイを読んでたんですよね。彼自身が戦争にかかわった人でもあるけど、『武器よさらば』を読んでいると、マッジョーレ湖が出てきたんです。そこで「ああ、マッジョーレ湖を北上するとたしかにスイス領だ」と思ったんですよね。ニュースを見てても今年は「ライン」とか「国境」とかって言葉が溢れてるから、そういうことについて考えていて。イタリアの皆は僕と同年代で、政治の話もちまちまするんですけど、やっぱりそこは体感が違う気がするんですよね。日本は島国だけど、イタリアには別の国と地続きになっていて、国境線があるっていう。

 

――イタリアの場合は特に、シリアからの難民が地中海ルートでやってくるわけですよね。

 

藤田 そこにある感覚の違いって何だろうってことを思いながら『武器よさらば』を読み進めてたら、マッジョーレ湖って名前が出てきたから、どこかでこのシーンをやってみたいと思ってたんです。

――僕はヘミングウェイを始めとして、ロスト・ジェネレーションと括られる作家たちのことがずっと気になってるんです。好きとかってことじゃなく、気になってるんですよね。彼らが「ロスト」しているというのは、それまでの伝統や教養や価値観から切り離されているということで、それでロスト・ジェネレーションと呼ばれるわけです。この『IL MIO TEMPO』という作品にも、あるいは藤田さんがこれまでつくってきた作品にも、ロストしてしまっている感覚は描かれてきた気がするんです。そうした感覚のことを、イタリアの皆と話しながら、改めて見つめ直したんじゃないかと思うんですよね。特に印象的なのはカミッラのエピソードで、彼女はグルテン・アレルギーなわけですよね。そうすると、劇中でも語られているように、ピザもパスタもパンも食べることができなくて、「わたしの国にいるのに、外国にいるような気持ちにさせられる」と。

 

藤田 彼女は実際にグルテン・アレルギーなんだけど、カトリックだと、教会で神父さんにパンを与えられるんですよね。まだ小さかった頃に、教会でパンを与えられたとき、家に帰ったら激しいアレルギーが出て。イタリアでグルテン・アレルギーだってことはどういうことか、容易に想像できると思うんだけど、食べれるものがないわけですよね。

 

――最近でこそグルテンの問題が広く知られるようになったみたいですけど、少し前まではグルテン・フリーの食材は少なかったでしょうね。

 

藤田 カミッラがグルテン・アレルギーだからキャスティングしたわけでは全然ないんだけど、そういう亀裂というか、外側の世界と自分の内側の世界にある亀裂みたいなことを探っていたのかもしれないです。今年のバージョンで言うと、「ここがどこなのか、今がいつなのかわからない」という台詞通り、現実世界とは切り離された不思議な世界になってきた気がします。最後のシーンも、シークレットエレベーターで最上階にたどり着くと屋上庭園が広がっていて車椅子のおばあちゃんがいるって、ちょっと謎な展開ですよね(笑)。そういうところも含めて、現実とはちょっと切り離された変な土地にあるホテルが仕上がってきた気がします。

――そこがすごく謎として残る部分なんです。今の話にあったシークレットエレベーターというのは、去年までは存在しなかった設定ですよね。去年のバージョンだと、普通にアンドレアに誘われて最上階にたどり着いていたのに、今年は地下室でシークレットエレベーターを発見します。しかも、それはものすごく古いホテルだということが強調されているのに、指紋認証という最新技術が導入されていて、アユミの指紋でしかボタンが押せない仕組みになっている。ということはつまり、そのエレベーターを作った人は、事前にアユミの指紋を採取していたということになるわけです。これは別に、ケチをつけたくて言っているわけじゃなくて、あのシーンに仕掛けられているものは一体何なんだろうってことを考えざるを得ないんです。語られる台詞を額面通りに受け取れば、アユミが最後にたどり着いたのは屋上庭園で、そこでおばあちゃんと再会したってことになるわけですけど、はたして彼女がたどり着いたのはどこで、彼女が目にしたものは何であるのかは、観客がそれぞれ考えないといけない部分なのかなと。

 

藤田 そこは観客の皆さんに託すしかないなと思ったところなんですよね。そこは天国みたいな場所なのか、もしかしたらおばあちゃんというのは自分自身の姿なのか――僕の中では答えが決まっている部分もあるんだけど、演劇というタイム感の中にそういう説明まで加える劇作家としてのスキルが僕にはまだなかったんです。でも、あのシーンはなんか必要な気がしたんです。そのエレベーターが指紋認証になっていて、誰しもが行ける場所ではない必要があると思ったんです。

 

――彼女だけがたどり着ける場所ってことですよね。

 

藤田 彼女だけがたどり着けるし、彼女だけを入れたいと思った人がいる。そういう限定的な場所であるべきだという気がしたんです。でも、こういうことは30代になって増えてきたと思います。20代の頃は「もっとしっかり台本を書かなきゃいけない」とか「ちゃんと説明できなきゃいけない」とかって思いに駆られたんですけど、「そんな気がする」みたいなことで書くようになってきて。ただ、そういうふうにラストシーンを書く手癖が生まれてきてるから、知り合いに怒られるかもしれないけど、指紋認証はかなり気に入ってますね。

――それと関連する話として、今年の『IL MIO TEMPO』では、アユミというキャラクターが「私は、ここにくるまで、死ぬかと思ってた」と語りますよね。自ら命を絶つシーンはマーム作品の中で何度か描かれてきましたけど、それを成田亜佑美という俳優が演じることは少なかったんじゃないかと思うんです。その彼女が死について語り、しかも「死のうと思ってた」ではなく、「死ぬと思ってた」と語る。それは今年バージョンにおいてすごく重要なポイントだという気がします。

 

藤田 そうですね。「死のうと思ってた」とか「死んだほうがいいんじゃないかと思ってた」とかじゃなくて、「死ぬかと思ってた」なんですよね。今日はラインの話ばかりしてるような気がするけど、生きることと死ぬことの境目みたいなものが曖昧になってきているような感覚があって。死ぬかと思っていた1秒後には、生きると思うかもしれない――昔に比べると、そこに覚悟がなくても、どっちにも振れてしまうような感覚なんですよね。屋上でアユミはおばあちゃんの姿を見て、現時点では何となく「生きるかもしれない」と思う。でも、明日はどうなっているかわからないっていう、その言葉の華奢さをあらわすには「死ぬかと思ってた」が一番良いんじゃないかと思ってそう書いたんですよね。

 

——あの感覚はすごく新作だなと思いました。ちなみに、この『IL MIO TEMPO』の旅はまだ続きそうですか?

 

藤田 来年、フィレンツェで公演します。僕はどこでやるかってことにアツくならないタイプなんだけど、フィレンツェでやれるのはアツいよね。マームが初めて海外公演をした土地で、最初は「年齢もかなり若いし、よくわからない人間がきた」みたいな顔をされたんですけど、作品によって反応を変えられた感覚があるんです。そこにまた来年行けるのはアツいなと思っているので、この作品を観にきてくれた人はぜひ来年フィレンツェに来てください。

写真:橋本倫史