MUM & GYPSY 10th anniversary year

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「IL MIO TEMPO」への年月

初夏から晩夏へかけておこなったツアーが終わって、その数日後に、イタリアのみんなが、今年も日本に到着して、さっそくリハーサルが始まった。

彼らと過ごしていると、いつにもまして、またたくまに、時間が過ぎ去っていってしまう感覚があって、それはなぜだろうとかんがえてみるけれど、具体的にはなんでなのかはわからない。ただ言えるのは、マームとジプシーに「いつもどおり」というものがあるとしたなら、彼らとつくる時間は、あきらかに、「いつもどおり」とはちがうものだとおもっている(そしてこれもこれで、まぎれもなく、マームとジプシーだとおもっている)。もしくは、あたらしい言葉をつくっているような気もする。しかもそれは、言葉であり、音でもあって、空間にはそれらが散りばめられている。彼らと過ごしていると、「いつもどおり」のマームとジプシーではつかうことのない感覚を張り巡らせているのがわかる。だからか、いつにもまして、いや、いつもとちがう速度で、この日々が過ぎ去っていくのをかんじてしまうのかもしれない。

すこしここまでのことを思い出してみようとおもう。

イタリアのみんなと、そして日本人の俳優たちと、数年間にわたって、この作品に取り組んできたわけだけれど、その経緯のことを。

2013年、マームとジプシーは、イタリアのフィレンツェにて、はじめての海外公演をおこなった。そのときに、Fabbrica Europaというフェスティバルのディレクターと「いつかイタリア人の俳優と仕事がしたい」というはなしをした。
それが、IL MIO TEMPOの始まりだった。

そういえば、このときに上演した『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。』を、IL MIO TEMPOに出演することになるアンドレアは観にきてくれて、熱心に感想を伝えてくれたのを憶えている。たしか、故郷からフィレンツェへ出てきたときのことを話していたとおもう。

2014年、マームとジプシーは、ボスニア、そして、イタリアの四都市を巡るツアーを、一ヶ月半かけて、おこなった。
そのすべての土地で、現地の俳優へ向けて、ワークショップをしてほしいと、これもまたFabbrica Europaのディレクターにオーダーされて、公演の合間にそれを実施した。
そこで出会ったのが、IL MIO TEMPOに出演する、アンドレア、ジャコモ、サラ、カミッラの4人。100人くらいのイタリアの俳優を見たのだけれど、帰国したあとに振り返ってみて、印象にのこっていることはもちろん、ぼくの作品に馴染んでいけそうだし、日本ではできないことに手を伸ばせるかどうかかんがえてみたときに、すんなり名前がでてきたのが、この4人だった。ぐうぜん、4人ともフィレンツェに住んでいて、年齢も、ぼくに近かった。

サラとカミッラ、ジャコモは、この年にマームとジプシーの作品(昨年にひきつづき『てんとてん〜』)を、ポンテデーラにて、観てくれて、終演後のそれぞれの表情が焼きついていたのもあった。

2015年、イタリアのポンテデーラにて、三週間、劇場に泊まりこんで、IL MIO TEMPOをつくりはじめた。日本から、成田亜佑美、波佐谷聡、川崎ゆり子、荻原綾の4人。それとイタリアで出会った4人と。まずは俳優にたいして、インタビューをおこなうところから立ち上げていった。
インタビューと並行して、それに基づくシーンを、とにかく大量につくっていって、その断片を、ホテルというシチュエーションに当てはめていくという作業。
ホテルという場所、および、そこに流れる時間と、演劇における上演時間、すなわち、観劇しに劇場へ足を運んで、終演後に劇場から去っていく、みたいなことをつなげてかんがえていたのだとおもう。そのことを、わたしの時間=IL MIO TEMPOと名付けてみるのはどうか、とタイトルをつけた。

具体的にリハーサルというかたちで始めたのは、これが初めて、ということもあり、いろんなハプニングはあったけれど、ほとんど眠らずに劇場に寝泊まり?したのもたのしかったし、なにより、イタリアのみんなが優しくて(ひとが優しいだなんて、あんまりおもったことがなかったことにも気づいた)、誰かが具合悪くなったら、花とか買ってくるほど優しくて(あんなに自然に、ひとがひとに花を渡せるんだと驚いた)、そういうひとつひとつはいつまでも忘れないとおもう、とおもえた。

2016年、彩の国さいたま芸術劇場にて、こんどはイタリアのみんなに日本に来てもらうということで、IL MIO TEMPOのリハーサルをおこなった。
さいごの何日間かは、ワークインプログレスというカタチで、本公演へ向けて、できている断片を、ぼくが話すことも交えつつ、発表した。

この年も、さまざまな行き違いによるハプニングの連続で、予算の問題、リハーサル期間が縮小したり、大変なことはたくさんあったけれど、再度確認できたことは、たしかなものだった。

というのは、これはぼくだけがおもっていることではないとおもうのだけれど、どうしてもリハーサルの一年目としては、イタリアと日本、ということで分かれてしまっていた部分が、ここで溶けあってきたかんじがあったとおもう。
そして同時に、イタリアの俳優と仕事ができていることが特別なのではなくて、この4人と出会って、つくっていることが特別なことであって、しかもそれが、IL MIO TEMPOなのだな、とゆっくりかんがえることができた。それは、どうにかカタチにしなくては、ともがいていた一年目とはまるでちがう取り組みだったようにおもう。

誰かを見送ったりとかは普段しないし、どちらかといえば、見送られるほうがおおい気がするけれど、飛行場へ、ふたたびイタリアへ帰るみんなを見送った。
一時的な時間を過ごしたあとに、見送る、見送られるという瞬間を迎える様子は、まるでホテルのようだと、重ねたりもした。

そして、今年、2017年、
はじめて、公演というかたちで、「IL MIO TEMPO」を発表する。

こうして振り返ってみると、ぼく個人の流れのなかでは、五年という年月をかけて、手がけている作品で、できあがっていく様子の、一瞬一瞬を、すべて特別な時間だとおもって、目を凝らしながら、ながい時間をかけてかんがえた。
あたらしい言葉、そして、音が立ち上がろうとしている様子が目のまえにひろがっているのがうれしくて。また、これも過ぎ去っていくのだろうけれど、現在という時間に、ひとりひとりが集ったわけだから、また見送るまでのことを、かんがえつづけたい。

そうか、書いていて気づいたのは、見送る仕事をしているとも言えるのかもしれない、劇場にて。

2017.10.2  早朝    藤田貴大